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東京地方裁判所 昭和27年(行)170号 判決

原告 吉野庄太郎 外五名

被告 杉並区長 外八名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告杉並区長高木敏雄に対する請求の趣旨として「東京都知事の委嘱に基き被告杉並区長高木敏雄が昭和二十三年十月十九日執行した特別都市計画法第十二条による東京都特別都市計画復興土地区画整理事業第三十区区画整理委員会委員の選挙を無効とする。」との判決を、その余の被告等に対する請求の趣旨として「右選挙における被告島崎直平、南丈夫、鎌田彦右エ門、猪笹伊三郎、伊藤兼吉、雨宮平三郎、幡野光明、北条一義、の各当選を無効とする。」との判決を、全被告に対する申立として「訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、

その請求原因として、

一、東京都知事は特別都市計画法による特別都市計画事業として土地区画整理を施行したが、原告等は何れもその第三十区の地域内の住民であつて、原告田谷真一郎は同地域内の土地所有者、原告吉野庄太郎、守谷恭助は同地域内に所有地並に借地を有するもの原告峯岸正巳、布目喜市、杉原金義は同地域内に借地を有するものである。

二、ところで東京都知事は右第三十区の土地区画整理につき、特別都市計画法第十一条所定の土地区画整理委員会の委員の選挙のため被告杉並区長を選挙長に任命し、同被告をして昭和二十三年十月十九日右委員選挙を施行させ、同被告は選挙施行者としてその選挙を管理し、その選挙の結果被告島崎、南、鎌田、猪笹、伊藤、雨宮、幡野、北条を当選者と決定した。

三、けれども前示の選挙には以下に述べる違法の点がある。

(イ)  本件選挙の選挙人名簿は特別都市計画法第十二条並に同法施行令第二十一条による申告に基いて調製しなければならないのに、そのような申告に基かないで調製された不適法のものである。(これがため選挙人名簿に坂本聰泰、吉村義雄、小西産業株式会社は二重に登録され、又和田六蔵「外二名」との登録があるが、この「外二名」が誰のことであるか全く不明な有様である)。

(ロ)  選挙期日の告示をせず又選挙期日を選挙権者に通知せず、且つ選挙期日に投票場へ入場する入場券を発行しなかつた。(このため当選者と決定された者の中には、事情を知らない選挙権者を戸別訪問して投票委任状を集めて当選したものもあるという有様である)

(ハ)  投票所には制規の立会人を置かなかつた。

(ニ)  更に投票には左の如き不適法のものがあつた。

(1)  選挙人宮本シンは所有者並に借地権者として自分で投票をしながら、他方所有者としての投票を訴外篠場三郎に借地権者としての投票を被告北条一義に委任して、それぞれ投票せしめ、又選挙人石垣勘四郎、吉田義雄、村田善平は自分で投票をしながら他方それぞれ被告鎌田彦右エ門、訴外谷定男、被告伊藤兼吉に投票を委任して投票せしめ、選挙人坂本聰泰、吉村義雄は何れも本人自身で二重投票をしている。

(2)  選挙人名簿に登録なく従つて選挙権の行使できない訴外小林恒雄、村上道契、河田重雄、平山春義から投票の委任を受けたと称して訴外新井英二、被告北条一義、訴外石倉栄次郎、柿沼椿三においてぞれそれ前者を代理して投票をしている。

(3)  選挙人笠原徳吉、和田六蔵、芳賀治信、関根造逸、五十嵐司郎、松原緑郎、鈴木保、小林清等については同人等の投票委任に基きその委任状により投票がなされているが、受任並に投票をした者が誰であるか不明である。

(4)  全体的に見ても選挙録記載の投票者数よりも投票数が多く、又選挙人総数八百二十三名であるのに、投票者数八百三十六名(内訳本人投票百三十一名、委任状による投票七百五名)となつている。

(5)  選挙人尾形静子、守屋恭助、三田ルイの委任による投票はその委任者の意思に反し委任された以外の者において右各委任者のために投票している。

(6)  被告雨宮平三郎は選挙権者三十名の代理人となつて自選投票しており、その他十五、六名の選挙権者の代理人となつて自選投票をしたものは多数ある。

以上の(イ)乃至(ニ)の違法があり、右違法は選挙の適正な目的を達するにつき重大な支障となるものであつて選挙を無効たらしめるものである。よつてすでに述べたように第三十区土地区画整理地域内に所有地又は借地を有し、同地区の土地区画整理委員会委員の選挙権を有する原告等は右委員選挙の施行者並に管理者である被告杉並区長を相手とし、右選挙を無効とする旨の判決を求めると共に、上叙違法は同時にその余の各被告の当選をも無効たらしめるものであるから、当選者とされた被告島崎、南、鎌田、猪笹、伊藤、雨宮、幡野、北条を相手として各その当選を無効とする判決を求めるものであると述べ、

被告等の答弁に対し、

違法な行政処分に対し救済を求め得るのはその内容や手続について規定がある場合に限られるものではない。手続が特別に規定されている場合はその規定に従うべく、規定のない場合は民事訴訟法の一般規定により救済を求めることができるものというべきであり、このことは裁判所法第三条に徴しても明らかである。又本件選挙無効及び当選無効の訴訟は形成訴訟であるがその本質においては選挙及び当選が無効であることを前提として原告等が東京都特別都市計画による土地区画整理事業第三十区区画整理委員会委員の選挙権、被選挙権等を有しておることの確認を求めるものであり、一般に行政処分の無効確認を求める訴訟は許されるのであるから本件選挙無効及び当選無効の訴訟も許さるべきものである。

と述べた。

被告等訴訟代理人は被告杉並区長のために、本案前の答弁として、同被告に対する訴を却下するとの判決を求め、本件は特別都市計画法第五条第一項の土地区画整理施行に関する土地区画整理委員会の委員の選挙の効力を争う訴であるが、右訴を提起することを認めた規定はないので本訴は法の許容しない不適法のものである。しかも本件の土地区画整理の施行者は東京都知事であり、同知事(当時は東京都長官と称したが)は昭和二十一年十月十八日東京都令第八十六号を以て一般に東京都内の土地区画整理委員会の委員の選挙に関する事項を所轄の区長に委任し、且つ同日各区長宛東京都次長通牒により、その委任の趣旨は各区長を当該区内にある区画整理地区の土地区画整理委員会委員選挙の選挙長となし、選挙事務を取扱わせるものであることを明らかにしたが、これは当時の特別都市計画法並に同法施行令の公布に伴う処置であり、その後地方自治法の制定により、旧東京都制の廃止を見た後も上叙の関係はそのままその効力を持続し本件選挙にも適用されたものであるから区長は土地区画整理事業の主体である東京都知事のために、その事業の一部である選挙の執行事務を処理する補助機関にすぎない。従つて選挙施行後における処理は専ら東京都知事の権限に属し、被告杉並区長は選挙の効力につき決定する権限はないのだから、被告杉並区長は選挙の効力を争う訴の当事者たる適格のないものであると述べ、本案につき原告の請求を棄却するとの判決を求め、請求原因としての原告主張事実に対する答弁として原告主張の一の事実は認める。二の事実中東京都知事が被告杉並区長を区画整理委員会の委員の選挙の選挙長に任命したこと並に昭和二十三年十月十九日選挙施行の結果被告島崎、南、鎌田、猪笹、伊藤、雨宮、幡野、北条が何れも委員に当選と決定したことは認めるが、その余の原告主張事実はすべて否認する。東京都知事は特別都市計画法第五条第一項による東京都特別都市計画事業としての土地区画整理施行のため東京都杉並区国有鉄道高円寺駅附近を第三十地区と指定し、昭和二十三年三月二十日これを告示(東京都告示第百三十三号)し、特別都市計画法施行令第十六条により土地区画整理委員会委員の定数を土地所有者から選挙する数四人、借地権者から選挙する数六人、合計十人と定めて昭和二十三年九月二十一日東京都告示第六百五号を以て告示し、同令第十九条により選挙期日を昭和二十三年十月九日と定めて同年九月二日東京都告示第五百四十六号を以て告示し、同令第二十一条により選挙人名簿を調製し、昭和二十三年十月六日より同年同月八日迄三日間杉並区役所に於て縦覧に供し、同令第二十四条により投票所杉並区高円寺六丁目七百五十番地杉並第四小学校、投票時間午前九時より午後四時迄と定めて昭和二十三年十月十二日東京都告示第六百八十号を以て告示し、同令第二十七条第三項により立会人を選任した。然して被告杉並区長は選挙長として昭和二十三年十月十九日投票開票及び結果報告に関する事務を処理し、これに基き、東京都知事は昭和二十三年十一月二日東京都告示第七百五十一号を以て土地所有者よりの当選人を被告伊藤兼吉(被告杉並区長の昭和二十八年三月二十六日附準備書面に佐藤兼吉とあるは誤記であることが推定される)雨宮平三郎、幡野光明、北条一義、補充員を訴外齊藤盤夫、緑川芳雄、借地権者よりの当選人を被告島崎直平、南丈夫、鎌田彦右エ門、猪笹伊三郎並に訴外城右亮[耒少]、吉村義雄、補充員を大友豊之助、北谷正志、石倉栄次郎と決定の旨告示をしたもので何等違法の点はないと述べ、

被告島崎、南、鎌田、猪笹、伊藤、雨宮、幡野、北条のための答弁として、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の請求原因事実については前述の被告杉並区長の認否と同一に陳述し、なお、土地区画整理委員会の委員の選挙には衆議院議員選挙法、参議院議員選挙法(当時は公職選挙法はまだ公布されていなかつた)地方自治法等の議員選挙に関する規定の適用はなく、従つて戸別訪問をすること、代理人で投票すること、代理投票のため委任状を貰いうけること、本人が有権者として投票すると共に他の有権者の代理人として投票することは何れも違法ではない。代理投票は一人に限つたことはなく数人、数十人の代理人となることも違法ではない。その他被告等の当選については何等違法の点はないと述べた。

理由

本件訴が適法のものであるか否かにつき考へる。

裁判所法第三条第一項前段には「裁判所は日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する」権限を有する旨の規定はあるが、この規定は一方において裁判所に、憲法に特別の定がない限りは、「民事刑事はもとより、行政に関するものでも、法律上の争訟の裁判」をなす権限あることを明にすると同時に、同法条第一項後段の「法律において特に定める権限」の外は「裁判」の権限のみが与えられていることを指示するものであるから、憲法の採つている国家の機構並にその運用より合理的に推断される「裁判」の理念の範囲に裁判所の権限が原則として制限されるものと云わなければならない。

ところで憲法の立て前としては、「裁判は利害の対立する当事者(この当事者の一方が公共の利益を代表する形式的当事者であつても。)間に具体的な権利義務(勿論法律関係としての)の存否につき争がある場合に、当該場合に存在する具体的事実関係につき、抽象的な形式で定められている法規を適用して、係争権利義務の存否につき判断し、右判断により争を解決すること」を意味しているのである。従つて裁判所が原則として権限を有する「裁判」は、相対立する当事者間に裁判所の判断によつて解決さるべき具体的権利義務の存否についての争があることを前提とし、たとえ、当事者間に法律上の争があつても、その争が具体的権利義務の存否に関するものでなければ、前示法条第一項後段に規定ある如く法律において特に定められている場合の外、裁判の対象とはならないのである。

本件は特別都市計画法第十一条所定の土地区画整理委員会の委員の選挙の効力並に右選挙における当選の効力を争ういわゆる選挙争訟であるが、選挙争訟が形成訴訟であるか無効確認訴訟であるかはさて措き、その争訟は訴訟当事者間に争われている具体的権利義務の存否につき裁判所が判断を与え、以て当事者間の争を解決することを目的とするものではなく、選挙に関する法の適用を確保し選挙の公正を保障することを目的とし、公共の利益のために選挙人その他の選挙関係者に与えられた選挙並に当選の効力についての異議申立権の遂行として許容されているものであり、しかも裁判所は、その争訟の審理において、選挙の規定に反する事実を認めても、選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り選挙又は当選の無効を判決するものであるから、原則的には裁判所の権限に属する「裁判」の範囲外のもので、(この種の争訟を通例民衆訴訟などと称するが)法律に特段の規定がある場合の外は、訴を提起することはできないわけである。

原告等は本件の訴を以て、東京都特別都市計画による土地区画整理事業第三十区区画整理委員会の委員選挙並に右選挙における当選の無効であることを前提として、原告等が右選挙についての選挙権、被選挙権を有していることの確認を求めるものと解すべきであると主張するが、右主張の採り得ないことは上来判示したところによつて明である。

さて、土地区画整理委員会は、行政庁が特別都市計画事業として施行する土地区画整理について、実情に即応した妥当な処理を行政庁になすことを容易ならしめるため行政庁の諮問に応ずる機関として行政庁の監督の下に置かれるものであつて、その構成員である委員は土地区画整理施行地区内に所有地又は借地を有する者において当該地区の土地区画整理委員会の委員の選挙権並に被選挙権を有し、しかも同一の選挙において土地所有者たる委員と、借地権者たる委員とを各別に選挙する特殊の選挙であつて(特別都市計画法第十一条)、この選挙については、公職選挙法等の適用がなく、選挙の細目については特別都市計画法第十二条により、その規定を命令に委任され、右委任に基き同法施行令第十六条乃至第三十四条、同法施行規則第九条乃至第十三条に相当詳細な規定が設けられているが、その選挙に関する選挙争訟については何等の規定がない。思うに、土地区画整理委員会は行政庁の諮問機関にすぎないので、土地区画整理についての処分は行政庁の処分として外部に表示され、その処分が違法であつて、これによつて具体的に権利を侵害されたものは、一般の行政訴訟により救済を求め得るので、委員の選挙について、選挙争訟をなし得るものとする程のことはあるまいとの配慮からする立法措置と推察されるのであるが、それは兎も角として、選挙争訟を如何なる資格を有する者から何人を相手方として、如何なる期間その他の要件の下に如何なる裁判所に起し得るかに関し、特段の規定がなければすでに説示した理論上からは勿論、事実上も提訴することはできないのである。

して見れば本件訴は法の許容しない不適法なものであるから却下を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 桑原正憲 鈴木重信)

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